研究の背景
近年の自動運転技術の発展により,完全自動運転車の実用化が現実的なものとなっている.このような状況の下,完全自動運転車が交通行動に及ぼす影響についても注目が高まっている.今年7月にイギリス・ウインザーで開催された14th International Conference on Travel Behaviour Researchにおいても,完全自動運転車が交通行動に及ぼす影響に関するワークショップがあり,これまでの研究における知見や今後の研究課題に関して議論されている.Fagnant and Kockelman (2015)は,完全自動運転車により,交通事故の削減,交通弱者への移動手段提供,交通容量の増大,環境負荷削減,運転からの解放,さらには,保有からオンデマンド利用への転換がもたらされるとしている.
一方,自動車共同利用に関しては,欧米において大規模かつ片道利用・乗り捨て可能なシステムの導入が進んでいる(Shaheen et al., 2015).さらに,自動車共同利用システムへの電気自動車の導入も始まっている(安藤ら,2013;Weikl and Bogenberger, 2015).電気自動車と自動車共同利用の組み合わせは,短距離・高頻度の利用においてガソリン自動車に対する優位性が顕著であるという電気自動車の車両特性に適した利用形態である.
申請者らは,以前より,自動車共同利用システム,および,電気自動車の保有・利用について研究を進めてきた.自動車共同利用システムに関しては,2000年から2003年に京都市内で実施された小型電気自動車共同利用社会実験(京都パブリックカーシステム)に参画し,システム参加者を対象とした自動車共同利用システム利用行動の分析(山本他,2004),および,各利用者の利用パターンを入力としたシステム運用シミュレーションモデルにより,会員属性分布やデポ毎の車両数と駐車スペース数の最適化問題を定量的に把握した(Nakayama et al., 2002; 山本他,2005).ただし,それらの変数を最適化した場合でもシステム全体としての採算性を確保する組み合わせを見出すことが出来なかった.この原因としては,当時の急速充電設備と電気自動車の価格が現実的ではなかったことがあげられる.
ここ10年の間に,我が国でもガソリン自動車を用いた自動車共同利用システムの普及が進み,採算的にも見合った形でシステムが運用されだしている.申請者らは,システム利用者の利用パターンを分析し,より効率的な運用,および,潜在需要の高いデポ配置について検討を進めている(安江他,2013;河尻他,2014).ただし,現在我が国で普及している自動車共同利用はほとんどが借り出したデポに返却する運用形態を取っており,より利便性が高く,効率的な移動が可能となる乗り捨てには運用上の問題が大きい.
乗り捨てを実現するためには乗り捨て先のデポに空きスペースが必要であり,需要の偏りによってデポの全スペースが車両で埋まってしまったり,一方で,借り出しデポで利用可能な車両が存在しないという事態を避ける必要がある.このような状態を解消するために,管理者側で車両の移動を行うケースもあるが,人件費が嵩むため,運営費用を押し上げて採算性が低下する原因となっている.完全自動運転技術は,このような車両の移動を容易にし,車両の移動による運営費用の増加を回避することが可能となり,自動車共同利用システムの運用方法を格段に柔軟にするものである.Chen et al. (2015) は,完全自動運転による電気自動車共同利用システムの運用シミュレーションを行っているが,トリップ需要パターン,車両の配車アルゴリズム,電気自動車の充電パターンに関して極めて単純な仮定に基づいており,より現実的な分析が必要である.
さらに,共同利用システムで運用する電気自動車の台数が多くなれば,電力需要に及ぼす影響は大きなものとなる.しかしながら,電気自動車のバッテリーに蓄えられた電力を電力系統に供給することを考えれば,付加的な需要という側面だけでなく,都市全体の電力需要のピークシフトが可能となる(Tomić and Kempton, 2007; Parsons et al. 2014; Kanamori et al., 2015).ただし,電力供給中は電気自動車をグリッドに接続している必要があるため,共同利用システムの車両台数と電力需要のピーク時のトリップ需要量,待機車両の残充電量を最適化する必要がある.申請者らによる電気自動車の充電行動に関する研究(Sun et al., 2015a, b)では,一般ドライバーはバッテリー容量を有効に活用できていないことが示され,システム制御による効率性の向上が見込まれる.
本研究の目的は,近い将来の実用化が期待される完全自動運転技術を活用した,
電気自動車による自動車共同利用システムの可能性を把握することである.
具体的には以下の3 つを明らかにする.
(1) 完全自動運転車を用いた場合の自動車共同利用システムの運用方法
完全自動運転技術を活用することにより,利用者の出発地への迎車および目的地での乗り捨てを可能とし,異なるOD 交通需要を限られた台数の共同利用車両で運用する際の最適運用戦略を見出す.
(2) 共同利用システムの電気自動車から電力系統への電力供給によるピークシフト効果
都市全体の電力需要に応じた適切なタイミングで共同利用システムの多数の電気自動車か
ら電力供給することにより可能となるピークカット量を予測するとともに,車両への充電タイミングと利用タイミングを含めた共同利用システムとしての運用とのバランス最適化手法を確立する.
(3) 自動車共同利用システムの利用意向および自家用車の提供意向
完全自動運転による自動車共同利用システムが実現した場合に人々のトリップはどのよう
に変化するのか,自家用車やタクシー,バスからの転換や追加的なトリップ発生の有無も含
めた人々のシステム利用意向を把握するとともに,完全自動運転車を自家用車として保有した場合に,自らが自家用車を利用しない時間帯に共同利用車両として提供する意思の有無とその条件について分析し,共同利用システムの車両構成に関する知見を得る.
当該分野における本研究の学術的な特色・独創的な点及び予想される結果と意義
本研究の独自性は,完全自動運転技術を活用した自動車共同利用システムを対象として,人々の利用意向に基づく需要と,システム運用戦略に基づく供給の両者を同時に扱うことで,より現実的かつ効率的な将来像について検討することが可能となる点である.また,大規模な電気自動車の台数を運用し,電力需要のピークシフトとモビリティの提供を高い水準で両立させることが可能となり,新たなモビリティシステムによる環境負荷削減を実現する事である.
本研究は,平成28年度から平成32年度の5か年に渡って継続的に取り組む.以下に本研究のフロー図を下図に示す.